歴史探検
History & Adventure「金山という地名はどこから来たの?」といった素朴な疑問から、シェアサイクルを利用した駅周辺の寺社・スポット巡りなど、金山の歴史と探検スポットをまとめてご紹介します。
歴史散策マップ
History Map金山総合駅から徒歩9分、住宅地の中にひっそりと佇む神社である。
室町時代初期より天照皇大神、熱田大神、加具士神を祭神とし創建されたと伝えられている神社であり、南北朝時代の戦乱期に伊勢神宮から多くの宝物が持ち出され、そのうちの一つである巻物を祀っていることから伊勢山と呼ばれるようになったと云う。
小山(古墳)の上に建つ社殿や静かに佇む境内は、どこか神聖な雰囲気のあるパワースポットのように感じられる。また社務所は、昭和初期の旅館のようであり、昔の郵便ポストを利用した賽銭箱がユニークである。
伊勢山神明社 (イセヤマシンメイシャ) : 名古屋市中区伊勢山1-5-19
金山総合駅南口から徒歩3分の場所にある観聴寺には、2体の鋳鉄地蔵菩薩像(愛知県指定文化財)と月侍供養碑(市指定文化財)があります。
もともと鉄造地蔵菩薩立像は、熱田区旗屋町の断夫山古墳(だんぷさんこふん)西側にあった地蔵堂に祀られていましたが、1942年(昭和17年)に熱田神宮公園の整備により、現在地である金山町に移転されました。この2体の鉄像は土型を原型に造られたもので、うち1体の像の背面には銘文が残されており、享禄4年(1531)11月に道永と大脇新衛門という人物が発願し、上野太郎右衛門範家が鋳造を行った熱田地蔵であることが分かります。
また境内には月侍供養碑が3基あり、民間信仰の貴重な資料遺産として名古屋市の有形民俗文化財として指定されています。
観聴寺(かんちょうじ):名古屋市熱田区金山町1丁目10−8
住吉神社の創建は諸説ありますが、享保19年(1734年)に摂州住吉より勧請して東輪寺の地蔵堂に祀り、その後宝暦12年(1762年)に大阪廻船極印講の12名が運送守護のため社殿を創建したと伝わっています。
境内にある人丸社・天神社と合わせて和歌三神としての信仰も深く、熱田台地の西の縁にあり南西方向の谷の風景と伊勢湾を見渡す住吉神社からの眺望は名勝とされました。松坂屋初代社長の伊藤祐民(いとうすけたみ)は、ここに有志を集めて和歌会を催し、多くの和歌を奉納したそうです。
江戸期の住吉神社は熱田道(現在の国道19号)に門があり、そこから西へ参道が伸びるほど広い境内の神社でしたが、昭和20年の戦災にかかり、その後都市計画により境内が縮小されました。
尚、境内のどこかに小さな狛犬(写真右下)が鎮座しているので探してみて下さい。
住吉神社(すみよしじんじゃ):名古屋市熱田区新尾頭1−9−28
畑中地蔵はその昔、畑だったこの地に突然大きな石が出現し、地中の根本がだんだん大きくなるばかりで掘り起こせなかったところ、夢枕に異様な人が現れ「我を祀れば願い事を叶えてやろう」と言って消えたことから、その石を「畑中地蔵菩薩」としてお祀りしたのがはじまりと言われています。
伝え聞いた近隣の人々もおまいりしたら大変なご利益があったそうで、戦時中の空襲でも付近が焼け野原となった中で、この地蔵堂とお地蔵様の所在地は一軒の被害もなかったほどです。
毎月24日の地蔵菩薩の命日には、お経を唱え地蔵菩薩の徳をたたえています。
境内には、堀川の氾濫に窮した村人が総出で架橋と築堤工事を行った際に、その実情に痛感し自ら人柱となったと伝わる高僧を供養した「七はし供養塔」も移設されており、高僧義人の道徳をたたえ今の世に伝えています。
畑中地蔵(はたなかじぞう) / 七はし供養塔(ななはしくようとう):
名古屋市熱田区花町1-18
榊森白山社は平安時代の886年に創建されました。当時この地は古代榊の木が多く、その榊を熱田神宮へ奉納していたそうです。熱田神宮へ参拝する際も、この社でお祓いを受け身を清めてから参拝したとも伝わっています。
ご本殿祭神には白山の神として知られる菊理媛神(くくりひめのみこと)、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、大己貴神(おおなむちのかみ)を祀るほか、境内社に松尾社、天皇社、稲荷社、華能宮を祀り、「世界一の縁結び」をはじめ多彩な御利益があるとされています。
榊森白山社(さかきもり はくさんしゃ):名古屋市中区金山1丁目8番23号
「金山」の地名由来といわれる金山神社。主神は金山彦命(かなやまひこのみこと)で、鍛冶鋳造の祖神を奉祀する神社です。約1200年前、熱田神宮修理の鍛冶職であった尾崎氏の祖が屋敷内に勧請したのが始まりで、実に「尾張鍛冶の発祥地」といわれています。
毎年11月8日に行われる「ふいご祭り」には、名古屋を代表する鉄鋼関連企業をはじめ、地元町内会や企業や商店が集まって奉納を行っています。
金山神社:名古屋市熱田区金山町1丁目16−19
金山探検
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(S) Recommended Map「金山」の地名の由来と言われる金山神社。主神は金山彦命(かなやまひこのみこと)で、鍛冶鋳造の祖神を奉祀する神社です。
一般的なお地蔵さんの形ではなく、自然石が祀られている珍しいお地蔵さんです。地域の人たちに大切にされています。
この場所に熱田神宮一の鳥居がありました。現在は石碑のみが残されています。
熱田神宮と同じく尾張の祖神を祀っています。高蔵地域の鎮守神・産土神で、地元では「高座さま」と呼ばれ篤く信仰されています。
1948年に創設された日本の法華系新宗教団体。本殿を出ると目に入る大きな象さんの像が印象的です。
真宗大谷派のお寺。現代風のビルのような本堂の横に阿弥陀堂があり、中には涅槃像の金山大仏があります。
観聴寺は西山浄土宗のお寺であり、二体の鋳鉄地蔵菩薩が安置されています。この地蔵は室町時代の鋳造技術を知る貴重な資料であり、県の有形文化財にも指定されています
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(N) Recommended Map杉原千畝氏は少年期の約10年間を名古屋で過ごし、当時の居住地付近から出身校である愛知県第5中学(現 瑞陵高校)を結び「杉原千畝 人道の道」と名付けました。
杉原千畝氏が卒業した「平和小学校」の校庭内にあるチャイム。
真宗大谷派名古屋別院。織田信秀の居城古渡城の跡地に1690年に建立され、古くから「御坊さん(ごぼうさん)」と呼ばれてきました。
真宗大谷派名古屋別院の西側に建つ崇覚寺は、本堂を始め、玄関・庫裏・東西の山門・手水舎がよく残され、一体となって歴史的な境内空間を形成しています。
栄国寺のある場所は、元は尾張藩の刑場で千本松原と呼ばれていました。刑場が移転した後に刑死者の菩提を弔うために建立されたのが,清涼庵であり,現在の栄国寺となっています。
日置神社は、「日置天神」、「日置八幡宮」ともいわれ、桶狭間の戦いの際、織田信長が戦勝を祈願したと伝わる神社であり、見事勝利を収めた信長はお礼参りとして千本の松を境内に植えたそうです。
江戸時代中期に尾張藩第4代藩主 徳川吉通が丹羽郡石枕村からのこの地に移した神社。
闇之森八幡社は若宮八幡宮ともいわれています。かつて神域には大木が鬱蒼と茂り、それは月の光も射さぬと句に詠まれるほどで、いつしか闇の森と呼ばれるようになりました。
室町時代の創建。伊勢神宮の巻物を祀ったことからこの地が伊勢山と呼ばれました。江戸時代にはお伊勢さんの出張所のような役割を果たしていて、伊勢まで行けない人がここに詣ってお伊勢参りの代わりにしたといわれています。